第21話『迷いの灯 ―成人期の幕開け―』

漢方小説

守口市に戻って三日が過ぎた。

おばあちゃんの家は、記憶よりもずっと重く沈んで見えた。

扉を開けるたび、古い木の軋む音が胸の奥まで響く。

何度深呼吸しても、

うまく息が入らない。

それでもこつめは、

“守りたい” という一点だけを支えに、動き続けていた。

◆ 資金集めの日々

こつめは走り続けた。

親族、一人ひとりの家を回る。

深く頭を下げ、自分の思いをまっすぐに伝えた。

「……お願いします。

 店だけは、守らせてください」

こつめ自身の貯金。

母のへそくり。

叔父の少しばかりの蓄え。

古い薬棚の一部はリサイクル店に売った。

バイトもした。

それでも集まったのは――500万円。

必要な額の、ちょうど半分。

土地全体の買取には1000万円が必要だった。

数字を見るたびに、

胸が沈んでいく。

「あと……500万」

声に出すと、絶望の重みが増した。

◆ 大手ドラッグチェーンからの電話

翌日の午後。

こつめが屋根裏の荷物を整理していると、

スマホが震えた。

ディスプレイには、見覚えのある番号。

イヤな予感がした。

「……はい、こつめです」

『本日ご連絡したのは、立ち退き最終確認の件です。』

淡々とした声。

感情がまったく無い。

『明日が最終回答日となっております。

 ご返答いかんでは、法的措置を含め、

 こちらも動かざるを得ません。』

心臓が一気に冷えた。

「……明日、ですか」

『ええ。

 どうか、よろしくご判断ください。』

通話が切れたあと、

しばらく何も考えられなかった。

天井の雨漏り跡を見つめながら、

こつめは膝に力が入らなくなって、その場に座り込んだ。

◆ 夜

暗くなっても、家の片付けは終わらなかった。

畳の上に置かれた電気スタンドだけが、

こつめの顔をぼんやりと照らしている。

帳簿。

資金計算。

再開発に関する書類。

何度引き算をしても、

答えは同じ。

500万円、足りない。

胃がぎゅっと縮むような感覚がした。

「……僕には、無理なんやろか」

誰に聞こえるでもないその言葉は、

薄暗い部屋で静かに消えた。

それでも、諦めたくない。

こつめは震える指で、

古い薬棚の埃をそっと拭った。

木の感触は、

どこか温かかった。

まるで、

「まだ出来るよ」と言われているようで。

涙がぽたりと落ちる。

「……守りたいんや。どうしても」

声が震えていた。

でも――

その震える声の向こうに、

消えかけた灯が、かすかに揺れていた。

**

明日。

すべてが、決まる。

**

こつめは照明を消した。

暗闇の中、

小さな希望の灯だけを胸に抱えながら。

[つづく]

▶ 第22話『崩れかけた棚と、ひとつの生薬』

(最終決定日。絶望の中で、一本の電話が鳴る——)