守口市に戻って三日が過ぎた。
おばあちゃんの家は、記憶よりもずっと重く沈んで見えた。
扉を開けるたび、古い木の軋む音が胸の奥まで響く。
何度深呼吸しても、
うまく息が入らない。
それでもこつめは、
“守りたい” という一点だけを支えに、動き続けていた。
◆ 資金集めの日々
こつめは走り続けた。
親族、一人ひとりの家を回る。
深く頭を下げ、自分の思いをまっすぐに伝えた。
「……お願いします。
店だけは、守らせてください」
こつめ自身の貯金。
母のへそくり。
叔父の少しばかりの蓄え。
古い薬棚の一部はリサイクル店に売った。
バイトもした。
それでも集まったのは――500万円。
必要な額の、ちょうど半分。
土地全体の買取には1000万円が必要だった。
数字を見るたびに、
胸が沈んでいく。
「あと……500万」
声に出すと、絶望の重みが増した。
◆ 大手ドラッグチェーンからの電話
翌日の午後。
こつめが屋根裏の荷物を整理していると、
スマホが震えた。
ディスプレイには、見覚えのある番号。
イヤな予感がした。
「……はい、こつめです」
『本日ご連絡したのは、立ち退き最終確認の件です。』
淡々とした声。
感情がまったく無い。
『明日が最終回答日となっております。
ご返答いかんでは、法的措置を含め、
こちらも動かざるを得ません。』
心臓が一気に冷えた。
「……明日、ですか」
『ええ。
どうか、よろしくご判断ください。』
通話が切れたあと、
しばらく何も考えられなかった。
天井の雨漏り跡を見つめながら、
こつめは膝に力が入らなくなって、その場に座り込んだ。
◆ 夜
暗くなっても、家の片付けは終わらなかった。
畳の上に置かれた電気スタンドだけが、
こつめの顔をぼんやりと照らしている。
帳簿。
資金計算。
再開発に関する書類。
何度引き算をしても、
答えは同じ。
500万円、足りない。
胃がぎゅっと縮むような感覚がした。
「……僕には、無理なんやろか」
誰に聞こえるでもないその言葉は、
薄暗い部屋で静かに消えた。
それでも、諦めたくない。
こつめは震える指で、
古い薬棚の埃をそっと拭った。
木の感触は、
どこか温かかった。
まるで、
「まだ出来るよ」と言われているようで。
涙がぽたりと落ちる。
「……守りたいんや。どうしても」
声が震えていた。
でも――
その震える声の向こうに、
消えかけた灯が、かすかに揺れていた。
**
明日。
すべてが、決まる。
**
こつめは照明を消した。
暗闇の中、
小さな希望の灯だけを胸に抱えながら。
[つづく]
▶ 第22話『崩れかけた棚と、ひとつの生薬』
(最終決定日。絶望の中で、一本の電話が鳴る——)

