第24話『扉の向こうの沈黙』

漢方小説

――おばあちゃんを待つ人たち――

開店から、ひと月

開店してから、

ひと月ほどが過ぎた。

お薬本舗 モリグチビッグ。

看板は出ている。

棚も整っている。

当帰の瓶も、決まった場所に収まっている。

それでも、

こつめの胸は、

扉が開くたびに少しだけ固くなった。

ごまかしが、通じていた頃

最初の頃は、

ごまかしがきいた。

「今日は、ちょっと出張でして」

「今は留守なんです」

「また戻ります」

そう言うと、

たいていの人はこう答えた。

「そう。ほな、また来るわ」

「おばあちゃん先生に診てもらいたいから」

それで済んだ。

同じ顔が、何度も来る

日が経つにつれ、

同じ顔が、何度も来るようになった。

「今日は?」

「まだ戻ってへん?」

「いつおるん?」

こつめは、

同じ言葉を繰り返した。

「……今日は留守でして」

嘘は、

すぐに喉につかえるようになった。

「薬なら作りますよ」

ある日、

年配の男性が言った。

「前の先生に、

 ずっと薬もろててな」

こつめは、

一歩踏み出した。

「薬でしたら、僕が作りますよ」

男性は、

初めてこつめの顔をじっと見た。

「……あんた、誰や?」

「孫です。

 漢方の勉強もしてきました」

少しの沈黙。

「そうか」

それだけ言って、

男性は帰っていった。

「また来ます。

 おばあちゃん先生がおる時に」

話は、そこまで届かない

それからも、

同じことが続いた。

薬の話まで行かない。

話を聞いてもらえない。

みんな、

“おばあちゃん”を探して来ていた。

逃げ切れない、と分かる

一か月が経つ頃には、

こつめは分かっていた。

このままでは、

いずれ誰かに聞かれる。

「いつまで留守なんや?」

「ほんまに戻るんか?」

逃げ切れる嘘ではない。

告白

ある日の夕方。

杖をついた女性が、ゆっくり入ってきた。

「先生、今日はおる?」

その声に、

こつめはもう、ごまかせなかった。

深く息を吸い、

頭を下げる。

「……すみません。

 実は、祖母はもう亡くなりました」

沈黙が落ちた。

女性はしばらく黙り、

小さくうなずいた。

「……そうやったんやね」

それだけ言って、

振り返らずに出ていった。

嘘をやめた、そのあと

その日から、

こつめは嘘をやめた。

「祖母は亡くなりました」

そう伝えると、

多くの人は、そのまま帰った。

話は聞いてもらえなかった。

薬の相談もなかった。

白いキャンパス

夜。

ひとり残った店で、

こつめは棚の前に立つ。

当帰の瓶を手に取る。

「……一か月やで」

誰に言うでもなく、つぶやく。

「おばあちゃんの続きは、

 もう、できへんかもしれん」

それを認めると、

胸の奥が少し軽くなった。

「せやけど……」

白い壁。

空いた棚。

まだ誰の色にも染まっていない店。

まるで、

まっさらなキャンパスみたいやと思った。

こつめは、

その真ん中に立ち、静かに言った。

「ここからは、

 俺のやり方でやる」

誰かの代わりではない。

誰かの続きをなぞるのでもない。

一から描く。

失敗しても、描き直す。

「……時間は、かかってもええ」

そう言って、

こつめは店の灯りを消した。

白いままのキャンパスを、

これから自分の手で埋めていくために。

次回予告

▶ 第25話『それでも、話を聞く』

――あなたでいいから、と言われて――