第25話『それでも、話を聞く』

漢方小説

――あなたでいいから、と言われて――

その人は、

見覚えのある顔だった。

何度か、

扉の前まで来ては帰っていった人。

「……おばあちゃん先生は?」

もう、迷わなかった。

「すみません。

 祖母は、亡くなりました」

その言葉を聞いた瞬間、

相手の肩が、ほんの少しだけ落ちた。

しばらく沈黙が続く。

こつめは、

その間に言うべき言葉を探していた。

「……それでも、よかったら」

そう言いかけた時、

相手が先に口を開いた。

「……あんたで、ええから」

こつめは、

思わず目を上げた。

「ちょっと、話聞いてくれる?」

椅子に座った、その瞬間

奥の椅子に案内すると、

その人は、ゆっくり腰を下ろした。

しばらく、何も話さない。

こつめも、

急かさず、黙って待った。

「前な……」

ぽつりと、言葉が落ちる。

「おばあちゃん先生やったら、

 まず、手ぇ触ってきよったわ」

こつめは、

うなずくだけで聞いた。

「脈見て、

 『あんた、よう頑張りすぎや』

 言うてな」

胸が、きゅっとした。

比べられる、ということ

話は、自然と続いていった。

「前は、こう言われてな」

「前の先生は、ああやった」

「おばあちゃん先生やったら……」

そのたびに、

こつめの中に、

小さなモヤモヤが積もっていく。

――違う。

――同じことは、できへん。

分かっているのに、

比べられるたび、

自分が薄くなる気がした。

それでも、残る言葉がある

けれど、

話の端々に、

引っかかる言葉もあった。

「夜な、あんまり寝られへん言うたら、

 『無理に寝ようとせんでええ』

 言われた」

「食欲ない時もな、

 『食べなあかん』とは言われへんかった」

こつめは、

心の中で、その言葉を転がした。

――症状やなくて、

――人を見てたんやな。

自分との差

「……あんたは、どう思う?」

急に、視線が向けられた。

こつめは、

一瞬、言葉に詰まった。

頭の中には、

学んできた知識が浮かぶ。

でも、

それをそのまま出してええのか、分からない。

「……まだ、分からんことだらけです」

正直に、そう言った。

「でも、

 今の話、ちゃんと覚えときます」

その人は、

少しだけ笑った。

「ええよ。

 あんた、ちゃんと聞いとる」

最後に、ひとこと

帰り際、

その人は振り返った。

「おばあちゃん先生みたいには、

 ならんでええ」

こつめの胸が、

強く鳴った。

「……あんたは、あんたでええ」

扉が閉まる。

残った余韻

こつめは、

しばらくその場に立っていた。

胸の中には、

悔しさも、

足りなさも、

確かにある。

けれど――

逃げたくはなかった。

「……それでも、やな」

小さくつぶやく。

「話、聞くことからや」

棚に並ぶ生薬を見渡し、

深く息を吸った。

ここは、

まだ完成していない店。

でも、

今日、初めて。

“自分の相談”が、始まった。

[つづく]

▶ 第26話

(こつめ、はじめて「自分の処方」を考える)