連続漢方小説『こつめ先生がゆく』

第12話『道に迷う日、心に迷う日』

大学の講義室。 周りの席からは「国家試験」「内定」「研修」…そんな単語ばかりが飛び交っていた。 みんな、もう“どこで何をするか”を決めているようやった。 ぼくはノートの端に、また薬草の名前を書いていた。 シャクヤク、カン […]

第11話『バイクで走る風の中で』

梅田のネオンが、まだ青白く瞬く夜明け前。 バイクのエンジンをかけると、冬の空気が肺の奥まで刺さった。 守口から天満橋、北浜へ。 ビルの間を抜ける風が、目を覚まさせる。 大学進学を目前に、胸はまだ定まらないままやった。 友 […]

第10話『さよなら、おばあちゃん』

「こつめ、ちょっと来てくれるか?」 そう言われて、ぼくは薬棚の整理を途中でやめた。 いつもの声。いつもの調子。でも、何かが違った。 縁側に、おばあちゃんが座っていた。 畳に映る影が、いつもより細くて、頼りない。 「こつめ […]

第9話『“漢方家”ってどんなひと?』

「こつめ、ちょっとこっち来て手ぇ貸して。」 店の奥で、おばあちゃんが漢方棚の引き出しを一つずつ開けながら、何かを探していた。 「今日はな、昔のお客さんが久しぶりに来はるんよ。ちょっと特別な調合や。」 ここは、大阪の下町に […]

第8話『あんたの“血”、ちゃんとめぐってる?』

その日は雨上がりの午後やった。 湿った風が流れこむ店の奥で、こつめ少年は棚の整理をしていた。 「おばあちゃん、お湯わいたでー」 返事がない。 ⸻ 奥の間に目を向けると、おばあちゃんが椅子に腰かけ、 胸を押さえて静かに目を […]

第7話『薬の名前って、むずかしい?』

「……かっこんとう。ほちゅう…えっきとう。あれ? なんやったっけ?」 こつめ少年は、棚の前で首をかしげていた。 漢方の袋には、漢字ばかりの難しそうな名前がずらり。 どれがどれやら、さっぱりわからなくなってきた。 「おばあ […]

第6話『補中益気湯ってどんな味?』

「今日はこれ、煎じてみぃ。」 おばあちゃんが差し出したのは、茶色い紙袋。 中には何種類もの草や根っこ、実のようなものがぎっしり入っていた。 「これが…“ほちゅうえっきとう”ってやつか。」 火鉢の上で煎じ始めると、 湯気と […]

第5話『おまえはどんな“気”をしてる?』

春のはじまり。 朝はまだひんやりするけれど、昼になるとぽかぽかと陽射しが差し込む。 だけど、こつめ少年の表情は、いまひとつ冴えない。 「……なんか、しんどいんや。」 熱もない。咳も出ない。風邪じゃなさそう。 でも、朝から […]

第4話『あんたの体質、冷えやな』

冬の朝。 こつめ少年はマフラーに顔をうずめ、指先をこすりながら薬棚の隅で丸くなっていた。 「さぶ…さぶすぎる……」 火鉢に手を伸ばしても、足の先からはじんわり冷えが上がってくる。 湯気の立つ薬湯がそばにあるのに、いまいち […]

第3話『湯気のむこうの決意』

「さあ今日は、煎じるとこまでやってみぃ。」 おばあちゃんが差し出したのは、土瓶と小さな火鉢。 こつめ少年の目がぱちくりと大きくなる。 「ボクが!?」 「自分の手でやってこそ、ほんまの“漢方好き”になるんやで。」 ⸻ 緊張 […]