連続漢方小説『こつめ先生がゆく』

第21話『迷いの灯 ―成人期の幕開け―』

守口市に戻って三日が過ぎた。 おばあちゃんの家は、記憶よりもずっと重く沈んで見えた。 扉を開けるたび、古い木の軋む音が胸の奥まで響く。 何度深呼吸しても、 うまく息が入らない。 それでもこつめは、 “守りたい” という一 […]

第20話『別れの処方箋 ―師弟の約束―』

京都の朝は、少し肌寒かった。 店に差し込む光は淡く、雨上がりの匂いがまだ微かに残っている。 こつめは調剤台の布をしぼりながら、 昨日の柊さんのことを思い返していた。 暗い紫を帯びた舌。 かすれた声。 「……いっそ、楽にな […]

第19話『黒豹の眼差し ―瘀血の学び―』

京都の午後。 雨上がりの光が、薬棚の瓶に柔らかく反射していた。 こつめは調剤台を拭きながら、 湯気のように漂う生薬の香りに、師匠の声を思い出していた。 ――人をよう見なさい。体だけやのうて、心もや。 引き戸の鈴が、かすか […]

第18話『ひとりで立つ日 ―陽虚の学び―』

朝の京都。 冬の名残を残す冷たい風が、商店街ののれんを揺らしていた。 「今日は私、町内の会合で出るからな」 師匠は白衣の袖を整えながら言った。 「こつめ君、今日は一日、店を任せる」 「えっ……ぼ、僕ひとりで?」 「大丈夫 […]

第17話『窓辺の京都から ―陰虚の学び―』

初夏の風が、窓辺の暖簾をやさしく揺らしていた。 こつめ青年は、すり鉢を片手に薬草をすり合わせながら、 その音のリズムで自分の呼吸を整えていた。 師匠に教わった「気虚」の学びから、まだ日も浅い。 それでも、患者の表情や声の […]

第16話『修行の日々 ―気虚の学び―』

春の光が差し込む京都の町並み。 その一角にある古びた漢方薬局の引き戸を、こつめ青年は両手で押した。 「今日からよろしくお願いします」 深々と頭を下げる。 先日偶然立ち寄ったこの店に、正式に勤めることになったのだ。 奥から […]

第15話『転職の決意』

「こつめ君、今月の数字、まだ目標に届いてないぞ」 営業所の会議室。 グラフと数字を並べた資料を前に、上司の声が響いた。 「抗生物質は横ばいや。もっと処方を取れるように働きかけんと」 言葉は理解できても、胸の奥は冷えていく […]

第14話『数字の向こうに』

営業所に戻ると、机の上には報告書の山が待っていた。 今日訪問した病院名、担当医、面談時間、そして――処方数。 パソコンの画面には棒グラフが並び、赤い線が「目標」を示している。 「ここを越えんと、評価はされへんぞ」 先輩が […]

第13話『初めての処方箋』

大学を卒業して、ぼくはある製薬メーカーに就職した。 配属先は“病院まわり”を担当する営業、いわゆるMR。 新しい肩書きにまだ慣れないまま、研修を終えて初めて現場に出る日が来た。 「本日から病院まわりに出てもらうからな」 […]

第12話『道に迷う日、心に迷う日』

大学の講義室。 周りの席からは「国家試験」「内定」「研修」…そんな単語ばかりが飛び交っていた。 みんな、もう“どこで何をするか”を決めているようやった。 ぼくはノートの端に、また薬草の名前を書いていた。 シャクヤク、カン […]