第9話『“漢方家”ってどんなひと?』

漢方小説

「こつめ、ちょっとこっち来て手ぇ貸して。」

店の奥で、おばあちゃんが漢方棚の引き出しを一つずつ開けながら、何かを探していた。

「今日はな、昔のお客さんが久しぶりに来はるんよ。ちょっと特別な調合や。」

ここは、大阪の下町にある小さな薬店──

『漢方のまど』。

季節ごとの草花が飾られた店先には、今日もゆっくりとした空気が流れている。

こつめ少年は、その横で材料の準備を手伝いながら、いつもと違う薬の香りに鼻をくすぐられた。

「なぁ、おばあちゃん。」

「なんや?」

「“漢方家”って、なんなん?」

おばあちゃんは手を止めて、しばし考えるように宙を見つめたあと、ゆっくりと口を開いた。

「うちみたいな“漢方家”はな、

“治す”だけが仕事やないんや。」

「じゃあ、何するん?」

「“聴く”ことや。身体のことだけやない。

暮らしのこと、気持ちのこと、ぜんぶ聴いて、ようやく処方ができる。」

こつめは、しばらく黙って考えていた。

「それって……なんや、むずかしいな。」

「せや。でもな、“漢方のまど”っていう店の名前にも意味があんねんよ。」

「え? 窓って、どんな?」

「“こころに風が通る窓”って意味や。

うちに来た人が、話して、笑って、泣いて、

ちょっとでも軽うなって帰れたらええなって。」

そのとき、チリンと入り口の鐘が鳴った。

姿勢よく立ち上がり、深く一礼するおばあちゃんの背中を見て、

こつめは思った。

──なんや知らんけど、かっこええな。

その夜。こつめは一人、漢方棚の前に座っていた。

「“漢方家”って、かっこええ。

ボク、“漢方のまど”を継げるようになりたい。」

誰に向けるでもないその声は、

けれど、確かに未来へ伸びていた。

“志”という芽が、静かに育ちはじめた。

【つづく】

▶ 次回予告タイトル:

第10話『さよなら、おばあちゃん』

別れの朝、こつめ少年が手にした“志”というバトン。