第8話『あんたの“血”、ちゃんとめぐってる?』

漢方小説

その日は雨上がりの午後やった。

湿った風が流れこむ店の奥で、こつめ少年は棚の整理をしていた。

「おばあちゃん、お湯わいたでー」

返事がない。

奥の間に目を向けると、おばあちゃんが椅子に腰かけ、

胸を押さえて静かに目を閉じていた。

「……だいじょうぶ?」

「うん……ちょっと、また詰まってしもた。」

こつめが心配そうに近づくと、

おばあちゃんはゆっくりと目を開け、こうつぶやいた。

「年をとると、**“気”**だけやなくて、“血”も詰まるんや。」

「血? 血が詰まるん?」

「そう。“瘀血(おけつ)”言うてな、血が巡らんようになって、

身体の中に澱(よど)みができる。」

「……血が流れへんってことか?」

「そや。肩こり、頭痛、しこり、くすみ……

いろんなサインで“巡ってへん”って、身体が教えてくれるんや。」

こつめは、少し黙ったあと、小さな声で聞いた。

「……こころの“巡り”も、止まったりするん?」

おばあちゃんは、少し驚いたような顔でこつめを見つめ、

そのまま微笑んだ。

「あるで。気も、血も、心もつながってる。

巡りが悪いと、思いも詰まる。」

「……おばあちゃん、なんかつらいこと、あったん?」

こつめの問いかけに、

おばあちゃんは、静かに目をそらしてこう言った。

「昔な……うん、ちょっとな。」

しばらくして、漢方棚から**桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)**を取り出しながら、

「これは、女の人の“血の巡り”をよくする薬や。

あんたも、いつか大切な人ができたら、思い出しぃ。」

「……ボクにも、できるんかな。大切な人。」

「できるとも。ちゃんと巡ってたら、自然と惹かれ合うもんや。」

その言葉が、

幼いこつめの心に、ふわっと温かく沈んでいった。

“巡る”ということ。

それは血だけやなくて、心にも言えること。

想いが詰まったときに、そっと流してくれる何か。

漢方には、そんなやさしさがあるのかもしれない。

【つづく】

次回は第9話『“漢方家”ってどんなひと?』へ。

漢方との向き合い方が、ついに“志”として形を帯び始めます。